冷夏と暑夏のあいだ Blu

2016年夏

彼は眠り始めた。

ここから5年は地面の下で生きる。

 

約束の日は5年後の夏。

生まれ変わって彼女を迎えにいく。

もっと力をつけて、もっと魅力的な自分になって。 

 

彼は決意していた。

ジリジリと照りつける太陽のもと

目先のことに疲れて果てた人間たちを尻目に、

自分はそうはなるまいと。

 

冷静な夏を、決意していた。

 

2021年夏

彼は地上に出た。

あぁ、なんと心地よい暑さ。

羽根を広げ、身震いした。

 

羽化した。俺はセミの成虫になれた。

約束の彼女はどこだ。

辺りを見渡す。

 

想定していた世界と違っていた。

人間は幸せそうに語り合っていた。

 

人間は新型ウィルスを克服し

再会の喜びに満ちて生きていた。

 

なんだ、この世界は? 呆然としていると、

「あ、セミだー!」

小学生男子に捕らわれてしまった。

やめろ、放せ、俺は運命の彼女に会いに!

叫べど、

「やった。オスだ」

虫カゴに投げ込まれた。

 

5年前に生まれた同じ年のオスのセミたちが

わぁわぁと歌い続けるのを

檻の中から、聞いていた。

冷夏と暑夏のあいだ Rosso

2016年夏

彼女は5年の眠りについた。

地面の下で。

 

約束の日は5年後の夏。

生まれ変わってまた会おうと約束した彼もまた

地面の下で眠っているはずだ。

 

彼女は夢をみていた。

ギラギラと輝く太陽のもと

はしゃいで笑い合って恋をする人間たちの側で、

私も共に生きてみたい。

 

情熱の夏を夢見ていた。

 

2021年夏

彼女は地上に出た。

あぁ、なんという美しい光。

羽根を広げて、伸びをした。

 

羽化したわ。私はセミの成虫になったの。

約束の彼はどこかしら。

辺りを見渡す。

 

夢見た世界と違っていた。

人間がひとりも、いない。

 

人間は新型ウィルスによって、ひとりも

いなくなっていた。

 

5年前に生まれた同じ年のオスのセミたちだけが

わぁわぁと鳴き続けていた。